一文字一文字、味わって読みました。

須賀敦子全集 第4巻 (4) (河出文庫 す 4-5)須賀敦子全集 第4巻 (4) (河出文庫 す 4-5)
(2007/01/06)
須賀 敦子

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須賀敦子さんの全集を読もうと思い、まず最初に購入したのは『須賀敦子全集 第1巻』でした。やっぱり最初は順番通りにと思ったのです。全集は全8巻。4巻の読書歴を記したエッセイを先に読みたくて、2、3巻を飛ばして、先に4巻を読み始めました。1巻については、こちらの記事もどうぞ。

4集には、『遠い朝の本たち』、『本に読まれて』、『書評・映画評ほか』が収録されています。

今日は、『遠い朝の本たち』の2つ目に収録されている「父ゆずり」より書き出しをご紹介いたします。

 おまえはすぐ本に読まれる。母はよくそういって私を叱った。また、本に読まれてる。
はやく勉強しなさい。本は読むものでしょう。おまえみたいに、年がら年中、本に読まれてばかりいて、どうするの。そんなふうに、このことばは使われた。それからずっとあと、母がもう私たちを大いばりで叱らなくなってから、じつは若かったころ、自分もおなじことばで母親に叱られたのだというのを聞いて、なあんだと笑ってしまった。われを忘れて読書に没頭する、という意味だったのだろうけど、母はこの表現を、なにか主体性のないこととして、批判的なニュアンスで用いたので、私は、「本に読まれる」のは、はずかしいことだという意識をもつようになった。それでいながら、すこしも改心するきざしはなくて、こころのどこかで母の視線を気にしながら本に読まれつづけて、ここまで来たような気もする。



本に読まれるー。
2作目のタイトルにもなっているこのことば。須賀さんには読書がぴったりよりそっていたんでしょうね。きっとお婆様も、お母様も、本に没頭しすぎることを表していたと思います。「本に読まれる」という表現は、本の魅力が大きすぎて、本から離れられない様子が伝わり、生活にいつも本があった様子が伺えます。

『遠い朝の本たち』では、神戸と東京に育った著者の思い出と本の記憶が記されています。1929年(昭和4年)生まれで、幼少時代を戦争の中で過ごしています。その思い出が本と溶け合っている。辛い、暗い世界だったからこそ、本に読まれてしまったのかもしれません。本の世界は、平和です。

『本に読まれて』は、イタリア以降の読書記録です。仕事の必要性に迫られて読んだ本などが紹介されています。このエッセイには、教えられることが沢山ありました。書評を書くには、本をしっかり読まなくてはならない。その本を自分なりにどう理解し、どんな風に味わったかを記す。それが須賀さんの書評です。このエッセイを読み、思わずアマゾンクリックしてしまった本がいくつもあります。須賀さんの書評は、映画の公開前のCFみたいに迫力があって、甘美です。つい引き込まれてしまいます。

また、この本の解説、中井久夫氏による「阪神間の文化と須賀敦子」も非常に興味深く読みました。北海道に育った私は、阪神(大阪、神戸)の違いはもとより、関西と関東のこだわりなど、どうしても鈍感です。それを上手にまとめてくれたのが、この解説です。

須賀さんの本を読み、今更ながら池澤夏樹さんに興味を持ちました。
イタリアときにフランスがどんどん自分に迫ってきています(笑)

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